お便り/11月号の未掲載分
「国家の夢」前編 ー鉄路に刻まれたカナダという国ー
ジミー狩野(牧男)85歳 カナダ・トロント
1885年、カナダ太平洋鉄道の建設は一つの象徴的な瞬間を迎える。ブリティッシュ・コロンビア州の荒野において、最後の犬釘――いわゆる「ラスト・スパイク」が打ち込まれたのである。この瞬間は、単なる工事の完了を意味するものではなかった。それは、「The National Dream」(国家の夢)が現実となった瞬間であり、カナダという国家が物理的にも一体となったことを示す出来事だった。 一本の鉄路が大陸を横断する。言葉にすれば簡潔だが、その実現は決して容易ではなかった。東西に分断されていた地域が結ばれることで、移動は劇的に変化し、経済活動は活性化し、国家としての一体感が徐々に形成されていく。ラスト・スパイクは、そのすべての成果を象徴する「一点」だった。 しかし、この「一点」は本当に単純な達成の象徴なのだろうか。 ラスト・スパイクの背後には、数え切れないほどの時間と労力、そして犠牲が積み重なっている。とりわけ過酷な環境下で働いた移民労働者たちの存在は、この物語から切り離すことができない。彼らは危険な作業に従事し、低賃金と差別的な扱いに耐えながら、鉄道建設を支えた。その多くは名前すら記録されることなく歴史の中に埋もれていった。 ラスト・スパイクが打ち込まれた瞬間、誰がそこに立ち会っていたのか。そして、誰がそこにいなかったのか。この問いは、象徴の意味を再考するための重要な視点である。祝賀の場において語られるのは成功と達成であり、そこに至るまでの苦難や不平等はしばしば周縁へと追いやられる。 さらに、この鉄道の完成は先住民の生活にも大きな影響を与えた。鉄路は単に土地を横断しただけではなく、その土地の意味そのものを変えてしまったのである。従来の生活圏は分断され、新たな移住者の流入によって環境は急速に変化した。鉄道は「つなぐ」存在であると同時に、「変えてしまう」存在でもあった。 それでもなお、ラスト・スパイクは国家の記憶の中で特別な位置を占め続けている。それは、カナダが自らの意思で困難を乗り越え、一つの形を成した証として語られるからである。この物語は、国民に共有されることで、国家のアイデンティティの一部となっていく。 重要なのは、この象徴をどのように理解するかである。もしラスト・スパイクを単なる成功の印としてのみ捉えるならば、その背後にある複雑な歴史を見落とすことになるだろう。しかし逆に、犠牲だけを強調すれば、この計画が持っていた統合の意義や歴史的な役割を正当に評価することができなくなる。 ラスト・スパイクとは、成功と犠牲の両方を内包した象徴である。それは一方的な評価を拒み、見る者に問いを投げかける存在だと言えるだろう。 現代のカナダにおいて、この出来事は再び見直されつつある。多様文化主義を掲げるカナダ社会の中で、これまで十分に語られてこなかった人々の声に光が当てられ始めている。歴史とは固定されたものではなく、時代とともに再解釈されるものだからである。 ラスト・スパイクが打ち込まれたあの瞬間は、確かに一つの終わりであった。同時に、それは新たな問いの始まりでもあった。国家とは何か。統合とは何を意味するのか。そして、その過程で何が失われ、何が残されるのか。鉄路は今も大地の上に存在し続けている。だが、本当に重要なのは、その下に埋もれている物語をどのように記憶し、どのように語り継いでいくかである。 ラスト・スパイクは過去の出来事ではない。それは現在に問いかけ続ける、静かな起点なのである。いわゆる、これがカナダの国家を賭けた夢『The National Dream』なのである。
