お便り/7月号の未掲載分
演歌と人生 ”妻への一曲から始まった私の演歌考”
ジミー狩野(牧男)85歳 カナダ・トロント
最近、ある日系二世の方から、「演歌って何ですか?」と尋ねられた。 私は少し考えた末、「北米のカントリーミュージックと古風なバラードを合わせたような音楽です」と説明した。しかし、そう答えながらも、どこか自分の中でしっくりこなかった。確かに演歌には哀愁があり、人情味があり、人生を歌うという点では共通している。しかし、それだけでは語り尽くせない、日本人特有の情緒や感情が流れているのである。 外国で生まれ育った人に「演歌」を説明するのは実に難しい。いや、日本に長く暮らしている人であっても、「歌謡曲と演歌の違いを説明してください」と言われると、戸惑う人が多いのではないだろうか。私自身、今回あらためて演歌について考えるまで、そこまで深く意識したことはなかった。 そもそもの始まりは、私たち夫婦の結婚62周年の記念日だった。5月17日、その記念に、妻の大好きな演歌を私が作詞・作曲し、簡単な曲まで付けてプレゼントしたのである。考えてみれば、人生で一番お金のかからない贈り物だったかもしれない。 ところが、その歌を聴いた妻は予想以上に喜んでくれた。何度も繰り返し聴きながら、目に涙まで浮かべていたのである。その姿を見て、私はすっかり有頂天になってしまった。 「まだまだ自分にも才能が残っていたのかもしれない」 などと、調子のいいことまで考え始めたのである。 すると不思議なもので、次から次へと言葉が浮かんでくる。若い頃には出てこなかったような情景や言葉が、まるで古い井戸から水が湧き出るように自然と現れてきた。気がつけば、連日パソコンに向かい、10曲以上も歌詞を書いていた。 もっとも、昔から私は一つのことに夢中になると周囲が見えなくなる性格だ。やり始めたら徹底的にやらないと気が済まない。長年連れ添った妻はそれをよく知っている。ある朝、出来上がったばかりの歌詞を得意げに見せようとすると、妻から意外なお小言を頂戴した。 「あなたが好きだからって、他人様も好きとは限らないわよ」 まったくその通りである。私は調子に乗って、友人知人にまで自分の作品を披露していたのだ。妻は、私が暴走して周囲に迷惑をかける前に、そっとブレーキを踏んでくれたのである。 それでも、せっかく始めた演歌作りを途中でやめるのは惜しかった。そこで私は、「そもそも演歌とは何なのか」を改めて調べ始めた。 演歌の起源は、明治10年(1877年)頃の自由民権運動にまでさかのぼる。当時、政治演説を禁じられた若者や書生たちが、街角で三味線やバイオリンを奏でながら、政治批判や社会風刺を歌にして人々へ訴えた。これが「演説歌」と呼ばれ、それが縮まって「演歌」になったと言われている。 つまり、演歌は最初から恋や酒を歌っていたわけではない。もともとは、民衆の思いや時代への不満を届けるための歌だったのである。 その後、明治から大正、昭和へと時代が進むにつれ、演歌は少しずつ姿を変えていった。政治色は薄れ、人情や哀愁、男女の別れ、故郷への想いなど、日本人の心情を歌う音楽として発展していった。そして昭和の時代になると、「こぶし」を効かせた独特の歌唱法とともに、日本独自の大衆音楽として広く定着したのである。 では、演歌と歌謡曲は何が違うのか。 簡単に言えば、演歌は歌謡曲の一ジャンルである。歌謡曲とは、日本のポピュラー音楽全般を指す広い言葉で、戦前の流行歌からムード歌謡、フォークソング、アイドル歌謡まで含まれる。その中で演歌は、とくに「日本的情緒」を色濃く持った音楽なのである。 演歌には、港町、雪、雨、夜汽車、酒場、北国など、独特の風景がよく登場する。そしてテーマも、人情、別れ、未練、苦労、故郷、酒などが多い。人生の悲しみや孤独を、どこか温かく包み込むような世界がある。 また、演歌の特徴として欠かせないのが「こぶし」である。歌い手が声を揺らしながら感情を込めるあの歌唱法は、日本人独特の情念を感じさせる。そして歌詞には、「七五調」と呼ばれるリズムが多く使われる。 たとえば、「雪が舞い散る 北の駅」というように、七文字と五文字を繰り返すことで、日本語らしい美しい響きが生まれるのである。 さらに、私が実際に作曲を始めて気づいたのは、演歌には独特の音階が使われているということだった。特に多くの演歌で耳にするのが、「ヨナ抜き音階」である。 ヨナ抜き音階とは、西洋音楽のドレミファソラシドから、「ファ」と「シ」を抜いた音階のことで、日本民謡にも多く使われている。 たとえば、「ド・レ・ミ・ソ・ラ」という五音音階である。 この音階には、不思議と日本人の心に響く懐かしさがある。演歌だけでなく、「ふるさと」や古い童謡を聴くと、どこか郷愁を感じるのも、この音階が関係していると言われる。 実際、演歌を作ろうとしてピアノを弾いてみると、ヨナ抜き音階を使った瞬間に、一気に“演歌らしさ”が漂い始めるのである。西洋音楽のような華やかさではなく、少し影があり、余韻を残す響きになる。 また、演歌のメロディは、ゆっくりしたテンポで、音程の上下が比較的大きい。特にサビでは、一番言いたい言葉を高い音に置き、感情を一気に盛り上げる。そして、音を長く伸ばすことで、「こぶし」やビブラートが入りやすくなる。 実際に作曲してみると、演歌は意外なほどシンプルな構造で成り立っていることも分かった。コード進行も難しいものではなく、たとえば短調なら、「Am → Dm → E7 → Am」というような基本的な三和音の繰り返しで十分に雰囲気が出る。 Aメロでは同じ進行を繰り返して安定感を出し、サビで少しだけ変化を付ける。それだけで、演歌特有の“泣き”の世界が生まれるのである。 もっとも、本当に難しいのは、やはり歌詞である。 実際に自分で歌詞を書いてみて分かったのだが、演歌は「説明しすぎない」ことが大切なのだ。「悲しい」「寂しい」「会いたい」と直接書いてしまえば簡単だが、それでは深みが出ない。 たとえば、「徳利ひとつが 冷えたまま」という一節だけで、そこにいる人物の孤独や未練が自然と伝わってくる。 風景や物に感情を託す -これこそが演歌の美学なのだろう。 さらに、演歌には「余白」がある。すべてを語らず、聴く人の想像に委ねる。だからこそ、人それぞれの人生と重なり、心に沁みるのである。 思えば、若い頃には演歌の良さがあまり分からなかった。どこか古臭く、年配者の音楽のように感じていた。しかし年齢を重ねるにつれ、演歌の歌詞に込められた人生の重みや、にじみ出る哀愁が少しずつ分かるようになってきた。 楽しいことばかりではない人生。別れもあれば、後悔もある。思い通りにならないことも数え切れないほどある。 演歌は、そんな人生の陰影を静かに受け止め、「それでも人は生きていくのだ」と語りかけてくれる音楽なのかもしれない。 結婚62周年の一曲から始まった私の演歌作りは、思いがけず、自分自身の人生を振り返る旅にもなった。 歌詞を書きながら、若い頃の苦労や夢、故郷の風景、亡くなった友人たちの顔まで浮かんでくる。演歌とは、単なる古い歌ではない。 人生の喜びも悲しみも、未練も希望も、静かに抱きしめる、日本人の心そのものなのだろう。 だから私は、これからも妻に叱られない程度に、細々と演歌を書き続けていきたいと思っている。 たとえ一人でも、その歌に自分の人生を重ねてくれる人がいる限り、演歌はきっと、これからも生き続けていくのだと思う。
